誰かの暮らしに、自分がいる意味
介護の仕事に慣れてきた頃、ふと胸に残る違和感があります。目の前の人に向き合いたい気持ちと、業務に追われる現実のあいだで揺れる心を静かに見つめるエッセイです。
慣れてきたはずなのに、胸のざわつきが消えない
朝、目覚ましが鳴る前に目が覚めることが増えました。別に眠れないわけではありません。ただ、目が覚めてしまう。布団の中で天井を見つめながら、「今日もあの業務をこなすんだな」と思う。それだけのことです。
仕事が嫌なわけではありません。利用者さんの顔を思い浮かべれば、「行かなきゃ」という気持ちはちゃんとあります。でも、「行きたい」とは少し違う。その微妙な差が、最近どうにも気になるのです。
介護の仕事を始めて何年か経つと、たいていのことには慣れます。身体介助の手順、記録の書き方、急な対応への判断。できなかったことができるようになった実感は確かにありました。けれど、慣れるということは、考えなくてもできるようになるということでもあります。
気がつけば、利用者さんの名前を呼びながら、次の業務のことを考えている自分がいました。「あと何人」「あと何分」。目の前の人を見ているようで、本当はスケジュールのほうを見ている。そのことに気づいたとき、胸のあたりがざわっとしました。
「みんなそうだよ」で片づけたくない気持ち
こういう話を誰かにしたことはありません。同僚に言えば、「みんなそうだよ」と返ってくる気がします。実際、そうなのだと思います。人手が足りない現場で、一人ひとりにじっくり向き合う時間がないのは、自分だけの問題ではありません。
でも、「みんなそうだから」で片づけてしまうと、自分の中の何かが閉じてしまう気がするのです。
介護の仕事を選んだとき、漠然とでも「人の役に立ちたい」と思っていました。それは今も変わっていないはずです。ただ、「役に立っている」という手応えが、日々の中でどんどん薄くなっている。やっていることは同じなのに、感じ方だけが変わっていく。それが怖いのかもしれません。
ときどき、夜中にスマートフォンで求人情報を眺めることがあります。転職したいという強い意志があるわけではありません。ただ、「他にも道があるのかな」と確かめたくなる。でも画面を閉じると、「結局どこへ行っても同じかもしれない」という考えが浮かんで、また元の場所に戻ります。
言葉にしにくい違和感
不満というほどではない。でも、このままでいいのかという問いが消えない。その感覚は、立ち止まって自分の働き方を見直す大切なサインなのかもしれません。
自分は、誰かの生活の中にいるのだろうか
ある日、ふと考えたことがあります。「自分は、誰かの生活の中にいるのだろうか」と。
施設で何十人もの利用者さんと関わっていると、自分はその人たちの「生活の一部」というよりも、「サービスの一部」になっている感覚がありました。交代すれば別のスタッフが同じことをする。自分でなくてもいい。そう思った瞬間、少しだけ寂しくなりました。
「自分でなくてもいい」と思うことは、プロとして割り切るべきことなのかもしれません。属人的でないほうが、組織としては安定するのでしょう。頭ではわかります。でも、心のどこかで、「自分がいることに意味がある」と感じられる瞬間を求めている。それを贅沢だと思う自分と、贅沢じゃないはずだと思う自分が、ずっとせめぎ合っています。
この気持ちに名前をつけるとしたら、何になるのでしょう。不満とも違う。焦りとも少し違う。強いて言えば、「もったいなさ」に近いのかもしれません。自分の中にある「誰かの暮らしに関わりたい」という気持ちを、十分に使えていない。その感覚です。
どの職場かより先に、どんな関わり方をしたいのか
介護の仕事にはいろいろな形があります。施設もあれば、訪問もある。短時間のケアもあれば、長い時間をかけて一人の人と向き合う仕事もある。どれが正しいということではなく、自分がどんな関わり方をしたいのかという問いに、正面から向き合う機会は意外と少ないものです。
「どの職場で働くか」を考える前に、「自分はどんなふうに人と関わりたいのか」を考えてみる。順番を変えるだけで、見える景色は少し変わるのかもしれません。
答えはすぐに出なくていいのだと思います。今日の仕事が終わって、帰り道に少しだけ考えてみる。「自分が誰かの暮らしの中にいる」とはどういうことか。そう問いかけてみることが、何かの始まりになるかもしれません。
布団の中で天井を見つめる朝が、いつか少しだけ違うものになる。そんな予感を、まだ信じてもいいのではないでしょうか。
Q. 介護の仕事に慣れたのに、気持ちが追いつかないのはおかしいことでしょうか?
A. おかしいことではありません。慣れたからこそ見えてくる違和感や、仕事の意味を問い直したくなる時期は、多くの人に訪れるものです。
Q. 今の職場が合わないのか、自分の気持ちの問題なのかわからないときはどう考えればいいですか?
A. まずは「どの職場か」よりも先に、「自分はどんな関わり方をしたいのか」を整理してみることが役立ちます。働き方の軸が見えると、職場選びの基準も変わってきます。



